東京魚チング

ヒメジのオジサン

 「姫路の叔父さん」ではない。れっきとしたスズキ目ウミヒゴイ属ヒメジ科の魚である。何ゆえ、オジサンなどという標準和名がついたかは明らかでないが、きっと顎(あご)にある黄色の長いヒゲのためと思われる。八丈島では、「オジイサン」とさらに年寄りじみて呼ばれるこの魚は、海中で出会っても体色は灰色で目立たないし、しかも泳ぎ回っている時にはヒゲを折りたたんでいるため、見つけにくい。しかし、水から出た時は赤味が強い淡褐色の、それこそ「海のヒゴイ」を想像させるような体色である。さて、この魚を水槽へ入れて観察すると、ヒゲを実に器用に柔軟に動かしながら底の砂や石に触れている。このヒゲを生物学では、「触鬚(しょくしゅ)」という。ヒメジのヒゲには、縦に神経束(しんけいそく)が通っていて、その周りには感覚器官である味蕾(みらい)がいっぱい並んでいる。味蕾は、人間などの高等脊椎動物では口の中にしかないが、魚類などでは口中だけでなく、ナマズやドジョウなどのように口の周辺やさらには体表にも備わっている。餌の善し悪しを判断したり、仲間を識別・確認するなど、生存に欠くことのできないセンサーであり、同時に必須な情報を脳中枢へ即座に伝えるケーブルの役目も果たしている。人間社会の叔父さんが伊達(だて)に伸ばしているヒゲとは全く違うものなのである。さて、このヒゲだが、全長が約3cmぐらいの稚魚期に形成される。子供の時にヒゲを伸ばすなんて、ずいぶん早熟と思われるかも知れないが、これが無ければ、餌を探すこともできないのだから、ヒメジにとってはヒゲが命である。そうは言っても、生まれた時から死ぬ時まで、若い時も老魚になっても「オジサン」と呼ばれるのはオジサンヒメジにとっては、迷惑なことに違いない。ネーミングについては、ヒメジにその是非を聞いてみたいものだ。mu

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