東京魚チング

岩ノリの春夏秋冬

 八丈島でも島寿司には欠かせぬ岩ノリは冬の磯に繁茂する。寒さと時化(しけ)がきついほど良いノリが採れる。今年は暖冬で伊豆諸島どこでも岩ノリは不作であったが、内湾で養殖されるノリも冬は寒いほど豊作になる。ノリの定義は「アマノリ類の海藻とその乾燥品」である。アマノリといっても読者には馴染みないかもしれぬが、実は浅草海苔も岩ノリもアマノリである。アマノリのうち、アサクサノリやスサビノリを養殖して製品化したものが浅草海苔である。一方、ウップルイノリ、チシマクロノリ、オニアマノリやマルバアマノリなどのアマノリは潮間帯(ちょうかんたい )の岩面に繁茂するので岩ノリと言う。どのアマノリも生活や繁殖の仕方はほぼ同じで、秋に葉体(ようたい)が現れ、冬から春にノリとなって繁茂し、初夏には枯れる。といっても死に絶えるわけではない。人間の一生の過ごし方は人生と言い、海藻では生活史(せいかつし )と言う。ノリの1世代は春夏秋冬の1年間だが、1949年に英国人のドリュー女史が、貝殻に穿孔(せんこう)する藻はアマノリの果胞子(かほうし) が発芽した糸状体(しじょうたい)であることを発見するまで、ノリの初夏〜秋の生活形態は全く不明であった。この糸状体には発見された「貝殻を穿孔する藻」の意味を表す「コンコセリス」と言う名前がつけられた。つまり、暑い夏が苦手なノリは目にも止まらぬ程小さなコンコセリスとなり、貝殻の中で越夏(えっか )していたのである。昔は内湾での養殖ノリの種付けは、秋になると海に「ひび」と呼ばれる竹や枝を束ねたものを設置して海中に漂う胞子を付着させた。この胞子はコンコセリスが生み出す殻胞子(かくほうし )で、これが成長してノリになる。現在では、糸状体の人工培養技術が確立され、年間90億枚ものノリ養殖を可能にしている。きっと、八丈島では今年もフリ−ジアが咲き始める頃に枯れた岩ノリから果胞子が生み出され、海中を漂って貝殻にたどり着くだろう。そして、夏には観光客で賑わう海の片隅で、ひっそりとコンコセリスになり、秋になれば殻胞子が生み出されてノリに成長し、来年の冬の磯を彩(いろど )るに違いない。mu

back

もどる