東京魚チング

カツオ街道まっしぐら!

 回遊魚(かいゆうぎょ) は父母や祖父母も泳いだ海を幾多の難関を乗り越えて数千キロも回遊する。もともと、変温動物で体温調節が苦手な魚類には外界水温が変化するのは危険なことだから、回遊途中の水温変化は大きな難関で、一歩間違えれば命を落とす。さて、2 月になれば八丈島にへもカツオがやって来る。ル−トは少なくとも二つあると言われている。一つは、小笠原諸島づたいにほぼ真っ直ぐ北上してくるル−ト、いま一つは九州薩南沖や紀南沖から黒潮の南側に沿ったル−トがある。これらのカツオ魚群は2 〜5 月に八丈島を通過し、夏には東北海域へ達して低水温の親潮と出会う。ここで、イワシやオキアミなど栄養豊富な餌を食べてから成長し、たっぷり脂肪をつけて秋にはもどりカツオとなり、はるか赤道付近の産卵場を目指して再び南下する。南方生まれのカツオがどうして低水温の北の海へ行き、再び高水温の南方へ帰っていけるのだろうか。実は、カツオは不完全ながらも恒温性( こうおんせい) が保てる。つまり、外界水温が変動しても体温を一定に保てるのだ。これは、血合筋( ちあいきん )の多いカツオ、マグロ、カジキ等の魚類が持つ奇網( きもう)と呼ばれる独特の血管構造により可能となる。最近の研究では、全てのカツオが赤道から北の海まで回遊できるのではなく、ある大きさ(2 年魚、体長45cm) 以上のカツオだけが可能で、これ以下のカツオは黒潮の南側で、北上せずにそのままUタ−ンするという説がある。つまり、この大きさならば不完全ながらも恒温性を獲得しているから北の海への回遊に耐えられるということなのか。この点はまだ謎だが、天命とはいえカツオにとって回遊は「人生」ならぬ「魚生」を賭けた命懸け(いのちがけ)の事業であることは間違いない。海の中には陸のような道はないが、カツオは毎年ほぼ同時期、同じル−トを通るのだから、カツオ街道と言ってもよい。遺伝子に刻み込まれた親譲りの生きのよさで、カツオは今頃、カツオ街道まっしぐらに、八丈島のすぐそこまで来ているころである。mu
カツオの水揚げ写真
写真・カツオの水揚げ

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