東京魚チング

南海の剣豪たち

 生物の世界では、稚仔・幼生期での生き残りが悪い種類は繁殖のために小さな卵を多数産卵する小卵・多産(しょうらん・たさん)のタイプが多く、カジキもこの例にもれない。カジキは全世界の温暖海域に分布するが、我国の近海で漁獲されるのはマカジキ科のマカジキ、クロカジキ、シロカジキ、バショウカジキ、フウライカジキとメカジキ科のメカジキの合計5種類が知られている。このうち、八丈島では冬から春にマカジキやメカジキが漁獲される。卵は球形で、直径はメカジキが1.6mmとやや大きく、その他の種類では1mm前後と小さい。分離性浮遊卵(ぶんりせいふゆうらん)といって、バラけて産み出された卵は受精後、海中を漂う。成熟した雌魚が持つ卵数は体の大きさにもよるが、マカジキで3千万、シロカジキで4千万、メカジキで4百万、バショウカジキで5百万粒と多い。さて、カジキといえば、あの堅くて長い嘴(くちばし)がトレードマークなのだが、この嘴は、正式には吻(ふん)と呼ばれ、前上顎骨(ぜんじょうがくこつ)や鼻骨(びこつ)という硬い骨などがその正体である。カジキの発育段階で、この吻が伸びてくる体長は種類によって異なり、マカジキやメカジキでは1cm前後の稚魚期だがクロカジキでは1mを超す。ところで、カジキの吻は種類によって形が異なっている。マカジキ科4種類の吻は長短の違いはあるが、いずれも断面は丸みを帯びているので槍型だが、メカジキだけは偏平(へんぺい)なので剣型である。英名ではカジキ類の総称は嘴魚(bill−fishes)だが、メカジキが剣魚(sword−fish)であるのに対して、他のカジキは槍魚(spear−fish)と呼ばれる所以(ゆえん)はここにある。鋭くて長い上顎は敵に対しては強い武器となるが、餌を食べる時に邪魔にならないかと思われる読者もいるだろうが、調査の結果、彼らはイワシ類やサバ類などの他にイカも食う。特に、メカジキはイカ類を好むがカツオやマグロの幼魚も食べている。驚くべきことは、カジキの消化管内の魚やイカの体に多くの切り傷が見られることだ。これは、カジキが魚群のなかに突っ込んで行って、この長い吻を上下・左右に振るい、獲物をなぎ倒してから食べているからであろう。カジキは漁獲されると直ぐに危険防止のために吻を切り落とされる。そのうえ町の魚屋さんに並ぶ頃には、すでに切り身になっているので、残念ながら、我々にとってカジキが南海派一刀流で槍術(そうじゅつ)の使い手であったなどとは知る由(よし)も無い。mu
吻を切り落とされたマカジキ写真
写真・吻を切り落とされたマカジキ

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