東京魚チング

ヘミングウエーガ好んだサワラ

 八丈島でサワラと呼ばれる魚は標準和名が「カマスサワラ」といって本州海域で獲れる「サワラ」とは異なるが、白身で淡白な味は、刺し身はもちろん、島寿司のネタには欠かせない。世界中の温熱帯海域に分布し、我国では、伊豆・小笠原諸島、沖縄、奄美などの暖海域に多い。このカマスのように鋭い歯を持った口とスマートな腰つきでいかにも速そうな体形の魚の英名は「Wahoo(ワフー)」という。スズキ目サバ科の魚でマグロやカジキなどとも近縁である。さて、「武器よさらば」などの作品で知られる、米国のノーベル賞作家アーネスト・ヘミングウエーは晩年、キューバに住み、カリブ海で釣り三昧(ざんまい)の生活をしながら、巨大カジキと格闘する老漁師の物語「老人と海」を書いた。彼にはこの他にも釣りや魚に関する著作もあり、1949年にロンドンで刊行された「世界の釣魚」でキューバの魚について書いている。この中で、「カジキやシイラも速いが、ルアーに掛かったWahooのスピードは驚くほど速く、さらに、料理食材としてはゲームフィッシュの内で味も随一」とほめている。しかも、釣り上げてから、2日間氷蔵してからでないと、肉のうまみが出ないと書かれてあり、彼のWahooへの入れ込みようは格別である。我国では、知名度が低いカマスサワラも海外ではカジキやシイラと並んでゲームフィッシュとして高名で、最近の世界記録はメキシコで、体重70kg、体長2.2mという巨大なものもあるが、日本近海では、体長も2m以下、体重も30kg程度である。我国に産するサワラ類は、本種のほかに、ウシサワラ、ヨコシマサワラ、タイワンサワラ、ヒラサワラ、そしてサワラと全部で6種類がいる。いずれも魚食性(ぎょしょくせい)が強く、その証拠に、顎は強く、歯は三角形、小刀状で大きい。最も特徴的なのはカマスサワラにはカジキなどと同様、鰓に鰓把(さいは)が全くないことである。ちなみに、もっぱらプランクトンを食べるイワシ類などでは、片側の鰓だけでも鰓把を100本近く備えている。しかも、鰓把の先端には突起部があって口から海水と共に吸い込んだプランクトンを微細なものまで漉(こ)し取って食道から胃へ送り、余分な海水を鰓蓋(さいがい)から排出する仕組みである。カマスサワラに鰓把がないのは、魚を丸ごと食べるので、プランクトンなど細かなものを食べる必要がないからである。ところで、サワラの語源は腹部が小さいという、狭腹(さはら)からきている。筆者から見れば、トビウオやカツオを猛スピードで追いかけ、腹一杯、好きなだけ食べている割にスマートな腹がうらやましい。mu

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