魚好きの日本人

 この1ヶ月間の新聞だけをみても、ほとんど毎日のように魚や漁業に関する話題が掲載されています。例えば、マグロ漁業が国際的に規制され、私たちの口に入りづらくなるかもしれないこと。関サバ、関アジを巡り、網漁業をする漁師と釣り漁業をする漁師の間で対立が続いていること。現在全面禁漁となっているクジラの漁業再開に向けた国際会議が日本で開かれること。そして、魚類研究者の集まりである日本魚類学会が、「メクラ」「バカ」など差別語の付いた魚の名前を変更したこと、などなどです。また、テレビのグルメ番組では、各地のブランド魚が連日紹介されています。大間の本マグロ、江戸前のアナゴ、氷見の寒ブリ、明石のタイ、先ほども述べた関サバ、関アジなど、きりがありません。
 四方を海に囲まれるとともに、豊かな降雨量に恵まれた日本列島では、海、川ともに古くから漁業が盛んで、魚食文化が発展してきました。ですから私たちが、魚や漁業に大きな関心を持っていることは、少しも不思議ではないのです。

様々な質問

 こうした関心を反映してか、私の勤めている島しょ農林水産総合センター(旧 水産試験場)にも、住民の方々から実に様々な質問が寄せられます。「ウナギは海で卵を産むそうですが、淡水魚ですか、それとも海水魚なのですか」「サメは魚ですか」「サケとマスはどのように違うのですか」「絶滅した東京湾のアオギスは復活しますか」「さかなの“旬”て何ですか」「トビウオはどのくらい飛ぶのですか」。どれもこれも難問ばかりです。そしてこれらの質問に対応をする中で、皆さんが共通して持っている疑問というのもだんだんわかってきました。
  こうしたの質問に答えるため、昨年私は一般向けの魚類学・水産学の入門書『トビウオは何メートル飛べるか(リベルタ出版)』を出しました。この本では魚や漁業の全般について取り上げましたが、このあと始まる本紙の連載では「東京の海や川に棲む魚たち」に焦点を当てていきたいと思います。
  私はこれまで、奥多摩のヤマメやアユなどの淡水魚を皮切りに、小笠原ではハタやトビウオなどの熱帯性魚類、次いでハゼやアナゴなど江戸前の魚たち、そして現在は伊豆諸島でイサキやタカベなどと、30年以上にわたって研究を続けてきました。この連載では、こうした東京の魚たちについて、もっと多くの方々に知っていただけたらと考えています。

東京の魚たちは何種類

 では、東京の海や川には、いったい何種類の魚が棲んでいるのでしょうか。残念ながら、これまでに刊行された文献は不十分で、東京産魚類の総種数を正確に知ることはできません。しかし、東京の川や湖では淡水魚62種の記録が確認できました。また、ハワイのビショップ博物館のランドール博士らと一緒に私が小笠原諸島の沿岸性魚類について調べた結果では、801種の魚をリストアップすることができました。このほか、伊豆諸島や東京湾の魚類、そして沖合・深海性の魚類をあわせると、東京の海や川には、おそらく1500~2000種近い魚類が棲息しているのではないかと私は考えています。
 日本産魚類図鑑によれば、南北に細長い日本列島周辺の海と川には約3800種類の魚が棲息すると記してあります。したがって、その半分ほどが東京の水域に暮らしていると推測されるのです。

北海道から沖縄の魚まで

いま多摩川をさかのぼり、奥多摩の渓谷に分け入ってみます。東京の西端に位置する雲取山の標高は2018メートルです。冬には山頂が1メートル近い雪に覆われるこの山からは多くの沢が流れ出しています。源流の水は手を切るように冷たく、夏でも15度を上回ることはありません。そしてこの流れの中には、イワナやヤマメといったサケ・マスの仲間が棲息しているのです。サケ・マス類の本場はもちろん北海道で、かれらはいわゆる冷水魚です。したがって、水温が20度を上回るような川の下流域では、暖かすぎて暮らせません。

奥多摩に生息するヤマメ。体長20センチメートル
  一方、東京の南端、小笠原の海に潜ると、サンゴ礁の間を色鮮やかな魚が群れ泳いでいます。小笠原の父島は沖縄本島とほぼ同緯度、魚の種類も沖縄とよく似ています。水温が20度を下回るのは真冬の1ヶ月ほどだけで、夏には30度近い日が続きます。
  このように東京の海や川には、北海道から沖縄の魚まで、広範な種類が棲息しており、このような自治体は他にないといってよいでしょう。

小笠原で普通に見られるタカサゴ。体長25センチメートル