第3巻第7号(通算26号) 東京都小笠原水産センター
2001年10月1日発行

来てみて驚いた! 「新米無線通信士」徒然日記(第一話)

 桜の花も散り始めた4月はじめ、いつか行くぞと夢見た南の島へ渡るときが来た。25時間も船に揺られて、やっとこさ辿り着いた憧れの父島は生憎、雨の出迎えだった。
 雨の降る日は天気が悪い。新しい門出に少し落ち込んだが、夢が叶ったということで今回だけは大目に見てやろうと許したのは甘かった。毎日々々、雨はなかなか止まず、どうやら今年はこのまま入梅してしまったようなのであった。亜熱帯気候、一年を通して温暖湿潤であるという「おがさわら丸」でのアナウンスは半分ハズレだなあと思うくらい、赴任してからしばらくは涼しいどころか肌寒い日々が続いたのであった。まさか掛け布団が役に立つとは、夢にも思わなかったのである。
 配属になった無線局は、昨年度末に竣工した新しい庁舎への引っ越しが済んだばかりで、とても快適ではあるのだが、無線機器は古いままなのだそうだ。しかし、新天地に移り住むのと同時に、今までとはまるっきり異なる職環境に全身を投じてしまった自分にとっては、そんなことは、これから始まる初体験職務への意気込みと不安だけで簡単に吹き飛んでしまっていたのである。
 昨今はIT時代の思恵で、こんな離島に住んでいてもパソコンさえあれば、インターネットを活用して何でも手に入れることができるし、最新情報に置いてきぼりを食うこともない。内地のように、怒溝のごとく溢れまくっている情報量や物流の洪水の中に居ると、ともすれば自分を見失うことも起きようが、この島の適度な不便さが人間らしいバランスを支えていてくれるのかもしれない。だから、銀行がないということ以外は、生活上の不都合は感じていない。こんな便利な世の趨勢だから、NHK第二放送の漁業気象の受信は廃止する方向にしたいのだが、漁業者や島民には意外にも人気が高く、なかなかやめられないでいる。なにしろ、送信所のある本土から1,000km以上も離れているために雑音が酷く、聴き取るのは容易ではないし、またその20分間は電話にも無線にも応答できないからなのである。
 漁業無線局の重要な役割に疑間を持つ人々や沿岸漁業者の中には、携帯電話があればそれで充分であるという意識もあるようだが、長崎県の漁船が機関故障して遭難、千葉県沖まで2,000kmも漂流した事故は記憶にまだ新しい。幸運にも助かった船頭は「スイカでも流れてこないかな?」などと周囲を笑わせていたが、事件の本質が取り沙汰されなかったのは非常に残念なことであった。無線機さえあれば、もっと早期に救助されたに違いないのに、これを惜しんだことで、どれだけの損失が生まれたか考えて欲しいものだ。唄にもあるように、海は広い。携帯電話というものは、そもそも陸上で使うように作られているものであるから、海上での用途に流用することは命を落としかねない危険性を多く孕んでいるのであるということを、このことを教訓として多くの人々に知っていただきたいものである。(つづく)


図1 小笠原水産センター漁業指導無線局スタッフ

図1 小笠原水産センター漁業指導無線局スタッフ
3人の交代勤務により365日無休で開局している