小笠原の天然記念物カサガイの研究報告2

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 40年前、小笠原がアメリカから返還されるまで、自由に採ることができたカサガイも、返還後には天然記念物となってしまったことに、少なくともそれを食べて大きく育った人たちにとっては残念な思いがあったに違いないと頭の隅で想いつつ、2006年より足掛け3年、気品あるたたずまいを見せるカサガイを見つめてきました。
うまくすれば養殖が出来るかもしれないと思いながら・・・

  1.遺伝子解析から分かったこと

図1 南島のカサガイは殻高が高い 

図1 南島のカサガイは殻高が高い

 カサガイCellana mazatlandicaは、場所によって形が違う。自衛隊護岸壁と洲崎の貝は殻高(背)が低いのに対し、南島のそれは高い(図1)。しかし、上記3地点に加え、母島、婿島、姉島など8地点で採取した貝のミトコンドリアと核のDNA合わせて986塩基について比較をしたところ、全ての個体で1塩基の違いもない、即ち変異が全く見られないことがわかりました(協力:国立科学博物館、中野智之)。カサガイと同じ科に属し、同じく小笠原固有種でもあるシワガサCellana radiata enneagonaでは、種内変異が認められています。遺伝子から、カサガイに最も近いのはベッコウガサで、シワガサに最も近いのはヨメガカサ(共にカサガイと同じ科で伊豆大島にはいて、小笠原にはいない)であることもわかりました。系統分岐したのはいずれも4百万年位前と推定され、この頃、それまで列島をなしていたものが海面の上昇によって小笠原も 遠く離れた孤島になったと考えられています。ならば何故シワガサに変異があってカサガイには全く変異が無いか。この原因は、カサガイが近年極端に減少したためではないかと、推察する向きもあります。

2. カサガイはナイーブだ

  場所によって多少の違いはありますが、カサガイは8月から受精可能な生殖細胞を作っていることがわかりました。しかし、夏の平均的な表層海水温27~28℃では、受精後、初期発生時に死んでしまうことが分かりました。人工的に12月の水温20~22℃で飼育すると、幼生は変態し、稚貝へ成長しました。本州方面の共通祖先が、ベッコウガサとカサガイに分岐し、その後、進化により、カサガイは辛うじて小笠原の高温に適応出来たのではないでしょうか。実験室では、受精後、変態させ、幼生の殻に加え、稚貝の殻(原殻)を作るまで観察することができました(図2)。幼体、成体の餌の培養もできたことから、将来的には、人工的な繁殖も可能かもしれません。                      首都大学東京 矢崎育子

図2 左;遊泳幼生図2 右:稚貝。矢印は幼生殻と原殻