小西

 大島の漁業の沿革について漁業制度・輸送手段・社会制度・技術等について年代を分けて整理した。
 江戸時代初期~正徳(1596~1715)慶安5年(1652)に漁舟の記録がみられ漁業の先駆と思われる。租税に漁獲物・塩等がみられる。享保~享和(1716~1803)海産物の多くが江戸へ出荷され、「むろ」「たかく」の干物がつくられた。波浮港が1800年開港した。文化~文政(1804~1829)押送船の出現により輸送が改革され、漁業も進歩した。鰹釣・鰘鯖ぼうけ網・地曳網等がみられる。天保時代(1830~1846)差木地村の漁業権獲得運動、藤内事件が起り、その結果漁船建造が許された。野増・泉津村においても漁業の権利に関する紛争が発生している。弘化~慶応(1847~1867)差木地における鰘棒受網漁業は創始以来豊漁を続け、明治初年より不漁となった。岡田・野増の両村の漁業紛争が生じた。
 明治時代(1868~1911)漁場利用等各村の協議による規約等が定められてきたが、漁業法の公布以降諸制度が確立された。
 大正~昭和(1912~1980)明治末大島漁業組合聯合会が設置され、漁業振興策も講じられた。漁業権内容と行使方法、漁獲量等を記した。

研究要報174(1984.3)

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